SkyscraperCity banner

1 - 20 of 638 Posts

·
Registered
Joined
·
5,602 Posts
Discussion Starter #1
1918大正- 日本埼玉県吉田町 武毛銀行本店


埼玉県
大正7年/1918年
煉瓦造2階建,瓦葺
建築面積148平方メートル
1棟
埼玉県吉田町
吉田町
登録有形文化財

--------------------------------------------------------------------------------
秩父から上毛地方の顧客を対象として設立された銀行の本店社屋として建設されたもの。正面及び側面の前側を白タイル貼りとし寄棟造、瓦葺の屋根をかけている。小規模な建物ながら全体的に質も高く、幾何学文様を主体とした意匠が特徴的である。大正7年の建築。








 

·
Registered
Joined
·
5,602 Posts
Discussion Starter #3
1932昭和 - 日本群馬県 桐生市 元宿浄水場急速濾過場

群馬県
昭和7年/1932年
鉄筋コンクリート造平屋建
建築面積190平方メートル
1棟
群馬県桐生市
桐生市
登録有形文化財

--------------------------------------------------------------------------------
入り口のある中央部に向かって順次高く前方にでる構成で、中央部を強調した左右対称の建築である。桐生市の水道施設にはこの急速濾過場の他にも多数の歴史的建造物が存在しており、12件が登録されている。
関連リンク
 

·
Registered
Joined
·
5,602 Posts
Discussion Starter #4 (Edited)
1914年大正 - 日本東京都 東京駅



歴史

竣工当時の東京駅(全景)
竣工当時の東京駅(前庭より)
1889年に神戸まで全通した官設鉄道の新橋駅と、私鉄・日本鉄道の上野駅を結ぶ高架鉄道の建設が東京市区改正計画によって立案され、1896年の第9回帝国議会でこの新線の途中に中央停車場を建設することが可決された。

日清戦争とその後の日露戦争が終わった1908年から建設工事が本格化し、1914年12月18日に開業した。中央停車場は皇居(宮城)の正面の原野に設定され、『東京駅』と名付けられた。

1919年に中央本線が乗り入れ、1925年に東北本線とつながり、1929年には東側の八重洲口が開設など発展していった。

しかし、太平洋戦争中の1945年5月25日の米軍による空襲で丸の内本屋の降車口付近に焼夷弾が命中して大火災となってしまった。これによりレンガ造壁とコンクリート造床の構造体は残ったが、鉄骨造の屋根は焼け落ち、内装も大半が失われた。同年8月の終戦直後から修復体制を整えて計画を立案し、年末から1947年3月にかけて修復工事を行ったので、ほぼ現在の外観になった。3つのドーム部分の外壁は修復したが、安全性に配慮してその他の焼失の著しかった3階部分内外壁は取り除いて2階建てに変更、中央ドームは木造小屋組で元の形に復原、南北両ドームは丸型から台形に変更、軒蛇腹・パラペット・壁面・柱型・窓枠などは2階建てになっても忠実に復原、南北ドーム内のホール天井はローマのパンテオンを模したデザインに変更(その材質はアルミ合金のジュラルミンで、終戦となって製造中止となった戦闘機の余剰品を活用した。)、といった内容だった。

できるだけ早期に本格的な建て直しをするつもりで「4、5年もてば良い」とされた修復工事だったが、占領軍の要求で突貫で進める中でも当時の鉄道省の建築家・伊藤滋や松本延太郎達或いは工事を行った大林組の日夜の努力でできるだけ日本の中央駅として恥ずかしくないデザインによる修復をした逸話が伝えられている(「東京駅戦災復興工事の想い出」松本延太郎著 1991年)。

一方、1929年には八重洲口が開設された。1948年にモダンデザイン建築の八重洲駅舎が竣工したが、翌1949年に失火で焼失してしまい、1954年に駅舎が建て替えられ、八重洲本屋が完成した。八重洲口はその後も順次改築されて百貨店が出店し、地下街が拡がるなど賑やかになってゆくが、丸の内側はシックなレンガ造りが現在も残っている。

1964年に東海道新幹線が開業し、1972年には総武地下ホーム、1990年には京葉地下ホームがそれぞれ営業を開始、1991年には東北新幹線が当駅に乗り入れるなど、当駅は時代に合わせて順次拡大して来た





































 

·
Registered
Joined
·
5,602 Posts
Discussion Starter #5
1936年- 茨城県 太田市 梅津会館


竣工 1936年(昭和11年)
所在地 茨城県常陸太田市西二町2186
構造 鉄筋コンクリート造2階建て、塔屋付
建築面積 232m²
地図 Googleマップ

旧太田町役場。

この建物は、 茨城県久慈郡太田町(現:常陸太田市)出身の海産物問屋・梅津福次郎(うめづ・ふくじろう 1858-1942)からの35,000円の寄付により建てられました。

1978年(昭和53年)まで常陸太田市役所として利用され、 現在は郷土資料館として活用されています。




 

·
Registered
Joined
·
5,602 Posts
Discussion Starter #6
1903年- 栃木県足利市 原足利模範撚糸工場

栃木県
明治36年/1903年
石造平屋建、瓦葺
建築面積530平方メートル
1棟
栃木県足利市田中町906-13
両野工業株式会社
登録有形文化財

--------------------------------------------------------------------------------
明治政府の輸出絹織物振興の国策によって設立された足利模範撚糸合資会社の洋風工場建築。外壁は大谷石積,控壁付きとし,半円アーチ付きの縦長窓が連なる。鋸屋根の北面に大きな明かり窓を設ける。各地に建設された模範撚糸工場の中で唯一現存するもの。


 

·
Registered
Joined
·
5,602 Posts
Discussion Starter #7
1872年- 東京都 旧新橋停車場

1872年(明治5年)に開業した旧新橋停車場の駅舎を、当時と同じ場所に、開業当時の外観で再現
鉄道歴史展示室は、旧新橋停車場駅舎の復元に合わせて開設された、訪れた方どなたにも気軽にご利用いただける展示室です。
日本の鉄道発祥地である汐留の歴史をご紹介するとともに、明治期に日本の近代化を牽引した鉄道の発展と影響を、様々な事物を通じてご覧いただけます





 

·
Registered
Joined
·
5,602 Posts
Discussion Starter #8
1919年 -群馬縣安中市 日本安中教会


1919年(大正8年)竣工
設計:古橋柳太郎 石造(大谷石)

安中教会は1878年に同志社の創立者である新島襄より洗礼を受けた、海老名弾正を初代牧師として1878年(明治11年)に創立した由緒ある教会です。

 

·
Registered
Joined
·
5,602 Posts
Discussion Starter #9
1900~1910年- 群馬県桐生市 桐生市絹撚記念館



竣工 明治末~大正初期
所在地 群馬県桐生市巴町2-1832-13
構造 木骨石造2階建て、鉄板葺
建築面積 373.16m²
地図 Googleマップ

旧模範工場桐生撚糸合資会社事務所棟。

模範工場桐生撚糸株式会社の前身である模範工場桐生撚糸合資会社は、 1902年(明治35年)12月1日に設立され、1908年(明治41年)に株式会社となりました。 模範工場桐生撚糸合資会社は、農商務省の出資により1902年(明治35年)頃、 全国6ヶ所(京都、福井、富山、米沢、足利、 桐生)に設立された模範工場の1つです。 1918年(大正7年)に日本絹撚株式会社と改称し、日本最大の撚糸工場に発展しましたが、 現存しているのは、この大谷石造の事務所棟のみです。

 

·
Registered
Joined
·
5,602 Posts
Discussion Starter #10
1904年- 茨城縣 太田市 太田中学校講堂


明治に建てられた学校の洋風講堂建築として貴重。旧制中学校の講堂としては、貴重な遺構といわれている。昭和51年に国の重要文化財に指定される








 

·
Registered
Joined
·
5,602 Posts
Discussion Starter #11 (Edited)
1913年 - 北海道函館市 旧イギリス領事館


領事館
開港記念館
大正2年
設計 英国工務省上海工事局

施工 大村合名会社
函館市元町




 

·
Registered
Joined
·
5,602 Posts
Discussion Starter #13
1904年- 茨城縣土浦市 土浦中学校本館


明治37年(1904)に建てられた旧制土浦中学校(現土浦第一高等学校)の本館は、国指定重要文化財です。設計者は、東京帝国大学を卒業したての青年建築家、駒杵勤治で、平面は凹字型、左右対象をなし、建築様式はゴシック様式です。




 

·
Registered
Joined
·
5,602 Posts
Discussion Starter #17
1903年 - 岩手県岩手郡雫石町 小岩井農場本部事務所

岩手県
明治36年/1903年
木造二階建望楼付、鉄板葺
建築面積221平方メートル
1棟
岩手県岩手郡雫石町26地割字丸谷地36-1
小岩井農牧株式会社
登録有形文化財

--------------------------------------------------------------------------------
我が国初の大規模農場として知られる小岩井農場の中心的な施設。農場全体を見渡す位置に建つ望楼付の二階建,下見板張りの洋風建築。他の建築群とともに明治期の農場を彷彿とさせる形態をよく保つ。玄関ポーチの鼻隠や大きな窓枠に意匠的特徴がある。
 

·
Registered
Joined
·
5,602 Posts
Discussion Starter #18
1913年 - 北海道函館市 遺愛幼稚園


大正2年建築
設計 W・Mヴォーリズ建築事    務所
函館市元町



 

·
Registered
Joined
·
5,602 Posts
Discussion Starter #19
1910年 - 北海道 函館市 中華会館


明治43年建築
設計 朱英表
施工 中国人大工・工藤弥寿     治ほか
函館市大町

貿易のため移住してきた華僑が建てた集会所。本国から招いた大工や職人達が、一本の釘も使わずに、清朝時代の伝統工法で建てたもの。




 

·
Registered
Joined
·
5,602 Posts
Discussion Starter #20
1938年 - 北海道函館市 旧弥生尋常小学校

函館市立弥生小学校
昭和13ねん建築
RC造り4階建て
設計 函館市営繕課小南武一
函館市弥生町

石川啄木が代用教員として勤務した学校







 
1 - 20 of 638 Posts
Top